【法文】
学説彙纂第1巻第2章第2法文第43項
【法文の典拠】
Corpus Iuris Civilis Vol. I. (ed. 14) Mommsen-Krüger, Digesta, MCMXXII
【inscriptio】
Pomponius libro singulari enchiridii
ポームポーニウス(法学通論単行書)
【翻訳】
セルヴヰウス・スルピキウスは弁護人としては第一位を占め少なくともマルクス・ツルリウスの次位を占めたりしが伝説に拠れば嘗て友人の事件に付きクヰーンツス・ムーキウスを訪うて其の意見を求めたる時ムーキウスが法律問題に付き与へたる解答を能く了解せず再び質問して解答を得たるも尚、之を会得するを得ざりしを以てクヰーンツス・ムーキウスはセルヴヰウスを罵倒して『身華冑に班し而かも法律事件の弁護人と為りたる者にして尚、且つ其の業務に関する法を知らざるは恥辱なり』と述べたりと云ふ。セルヴヰウスは此の恥辱とも謂つべき言に因り発憤して爾来法律学の研鑽に従事し主として前述の諸法学者の講義を聴き法学通論は之をバルブス・ルキリウスに受けたるも主としてガルルス・アツクヰリウスに就きて法律学各部の教を受けたり当時ガルルス・アツクヰリウスはケルキーナに住居せり。現存せるセルヴヰウスの多数の著者がケルキーナに於て執筆せられたるは職として之に由る。セルヴヰウスは使節として派遣中に歿したるが故に羅馬国民は演説台の前面に其の肖像を建立したり此の肖像は現今アウグースツスの演説台の前面に存す。セルヴヰウスの著書にして現存するものは頗る多く、世に貽したるもの約百八十巻ありたり。
【注】

【訳者】
春木一郎
【出典】
春木一郎『ユースティーニアーヌス帝学説彙纂プロータ』(有斐閣、1938年)
【備考】