【法文】
学説彙纂第1巻第2章第2法文第47項
【法文の典拠】
Corpus Iuris Civilis Vol. I.
(ed. 14) Mommsen-Krüger, Digesta, MCMXXII
【inscriptio】
Pomponius libro
singulari enchiridii
ポームポーニウス(法学通論単行書)
【翻訳】
ツベローの後に権威無比なりし者をアテイウス・カピートー及びアンチウチウス・ラベオーとすアテイウス・カピートーはオーフヒリウスの門人なりアンチウチウス・ラベオーは上述諸学者の講義を聴きたるも特にツレバーチスの教を受けたり。此の両者中アテイウスは執政官に任ぜられ、ラベオーはアウグースツスより補充執政官たるべきの命を受けたりと雖も此の名誉の地位に就くことを辞し専ら法学の研究に身心を委ね、之が為めに一年を両分し六ヶ月間は羅馬に在りて学生に業を授け六ヶ月間は他に赴きて著作に従事したり。斯くしてラベオーは終に四百巻の書を遺したるが多数は現時尚人々の常に手にする所たり。ラベオーとカピートーとは始めて二派を興したる者と云ひ得べけん、何故となればアテイウス・カピートーは伝来の学説を固守し、ラベオーは法律学以外の諸学科の研究に勉め其の卓越せる天資と自己の学識に於ける信頼とに因りて頗る多数の新学説を確立したればなり。
【注】
【訳者】
春木一郎
【出典】
春木一郎『ユースティーニアーヌス帝学説彙纂プロータ』(有斐閣、1938年)
【備考】