【法文】
学説彙纂第3巻第5章第9(10)法文第1項
【法文の典拠】
Corpus Iuris Civilis Vol. I. (ed. 14) Mommsen-Krüger, Digesta, MCMXXII
【inscriptio】
Ulpianus libro decimo ad edictum
ウルピアーヌス(告示注解第十巻)
【翻訳】
事務管理の訴権を以て訴へんとする者は、其の為したる管理行為が結果を生じたる場合に其の訴権を行使し得るのみならず、結果を生ぜざる場合と雖も有益なりしときは之を適当に行使することを得。故に、右の管理者は倒壊の虞ある家屋を修繕し又は病める奴隷を治療したるときは、縦ひ既に該家屋が焼失し又は該奴隷が死亡したりとするも事務管理の訴権を行使することを得、ラベオーも亦此の見解を是認す。然れども、ケルススの記す所に拠れば、プロクルスは、ラベオーの右の法文に註解を加へて、右の管理者は必ずしも常に訴権の付与を受くべきものに非ずと言へりと云ふ。例へば所有者が費用の負担に堪へざるものとして放棄し又は不必要なるものと思考したる家屋を或者が修繕したる場合は如何なるべきか。プロクルスは曰く、此の如き場合に若しラベオーの見解を採らば管理者は所有者に負担を及ぼすべし、何故となれば何人と雖も未発損害に対する責任を顧慮して自己の物を放棄することを得ればなりと。然れども、ケルススは此の見解を巧に嘲笑して曰く、有益に事務の管理を為したる者は事務管理の訴権を有す、然れども不必要なる事又は家長に負担となるべき事を為せる者は有益に事務の管理を為したる者に非ずと。ユーリアーヌスの書に右の規則と相類似せるものあり、即ち家屋の修繕を為し又は病める奴隷を治療したる者は縦ひ終局の利益を見ざるも有益に之を為したるときは事務管理の訴権を有すとあり。予は左の如く疑問せんと欲す、管理者が自己の行為の有益なることを信じたりとするも其の行為が全く家長の為めに無益なりしときは如何と。予の思惟する所にては、此の場合に管理者は事務管理の訴権を有せざるべし、何故となれば終局の結果如何は之を問はずとするも管理行為は有益に開始せられたることを要すればなり。
【注】
【訳者】
春木一郎
【出典】
春木一郎『ユースティーニアーヌス帝学説彙纂プロータ』(有斐閣、1938年)
【備考】